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そうか

 投稿者:なんだ  投稿日:2017年 2月 2日(木)14時22分48秒 kali.exit.torworld.org
返信・引用
  そういうことか  
 

テスト

 投稿者:テスト  投稿日:2017年 2月 2日(木)14時20分1秒 bunker.tor.in.net
返信・引用
  テストテスト  

テスト

 投稿者:テスト  投稿日:2017年 2月 2日(木)14時13分17秒 tor-exit.r1.apx.pub
返信・引用
  テスト  

『創価学会員』 rsd37264がヤフーに泣き付いて削除させて証拠隠滅を図る前に証拠を掲示

 投稿者:gxohw_2  投稿日:2010年 5月 1日(土)20時13分10秒 KD124210017041.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1240222587
『日蓮系以外の他宗派』を装うrsd37264よ、貴殿に敗者復活のチャンスをやろう。


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1440187734
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
【gxohwに告ぐ】
面白いね。『原殿書』は偽書と断じる法華講員がいるとは。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


泣き言はその程度か?



反論不能なのを『泣きじゃくり』で誤魔化すでないわ。


◆『原殿書』は偽書と断じる法華講員がいるとは。

で、それが反論か?坊や。
『原殿書』は原文が存在していたことすらその形跡が存在しないのである。


↓キッチリ反論して、『原殿書』が存在していた事を証明してみよ。

回答日時:2010/5/1 03:39:29

●●●●●●●●●●●●(再掲)●●●●●●●●●●●●
それも興尊が執筆されたものを造仏家日辰が写本した、
言われてるものである。
当方はこの『原殿御返事』は、個人的には『偽書だと【思っている】』。

この日辰写本の『原殿御返事』には、
『日蓮阿闍梨』というのがいくつも記されている。
だが、興尊筆、或いは、興尊執筆の写本と称されるものの中で、
『日蓮阿闍梨』と記されているのはこの『原殿御返事』のみである。

但し、大聖人御自身が『当世念仏者無間地獄事』(対告衆 清澄寺末寺の華房住職だった浄円房)にて
『日蓮阿闍梨』と記しているのがある。

が、これは御自身が僧としての地位を明確にする意味で記されたものである。
よって、興尊が『日蓮阿闍梨』と記述された、という根拠には全く成り得ないのである。

更に内容的に造仏を助長するような記述が見受けられる。
●●●●●●●●●●●●(終了)●●●●●●●●●●●●


質問日時:2010/5/1 19:32:07





http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1240222587
『日蓮系以外の他宗派』としか名乗らない臆病者のrsd37264よ!
当方のようにハッキリ己の所属を名乗り、
確かにそこの宗派の信徒であることを証拠書類で証明せよ!



http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1440187734
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
部外者を創価学会員に仕立てなければマトモにモノが言えない下劣な方々よ。
噂には聞いてはいたが、日蓮正宗信者にはお下劣なのがいる。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


君の泣き言はもう結構である。

『日蓮系以外の他宗派』としか名乗らない臆病者のrsd37264よ。
君が実際どこの日蓮系以外の『他宗派』に属しているのか。

明確に公表し、確かにその宗派に属している信徒であることを
客観的な証拠書類で以って証明せよ、【臆病者】の『書き逃げ専』よ。


いつまで他宗派の【フリ】して『隠れ蓑』に隠れて発狂を続けるつもりだ。


質問日時: 2010/5/1 19:47:49
 

敵前遁走した創価学会員hasemaru1766氏負け犬断末魔の発狂を嗤って斬首する1

 投稿者:gxohw_2  投稿日:2010年 4月23日(金)21時23分32秒 KD124210017041.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  > No.30[元記事へ]

> ■戸田会長の言葉通りにいささかも外れずに外護してきました。そのことを否定される筋合いは学会にはありません。


瞋恚の炎メラメラで、自分で何を言ってるのかさえ、理解できないようだ♪(笑)

誰が外護してきた事自体を否定したか。
全く以ってアホ満開である。

当方が述べてる趣旨は、いくら真面目に外護してきた事実があろうと、
大謗法を犯して改心する姿が無ければ、
それまで真面目に外護してきた功績も一瞬で飛ぶ、ということである。

そんな事は世間でも同じことである。

いくら功績があろうとも、1つの殺人事件でも犯せば、
全ての信用を失うは是必定である。
しかも、刑務所に入って勤め上げてきたとしても、
相変らず改心せずに別の犯罪を犯せば、過去の功績など、
己で失くすも同然である。

昭和52年路線で仏法上の大謗法犯しておいて、
平成の創価学会第二次問題をまた犯す!

まさに上記の例え話そのものが創価学会である。

そんな仏法の簡潔な道理も理解できぬとは!


さすが、仏法の道理を捻じ曲げる狂気狂団である。



> 誉れのある外護にまだ文句あるのは供養を貪る食法餓鬼の坊主の欲望のみでしょう。


その誉れを自ら穢したは創価学会自体である!

それと、御供養については既に
オマエには教えてやっている↓


http://9331.teacup.com/karioki/bbs/9
★★★★★★★★★★★★★★★★★★(再掲)★★★★★★★★★★★★★★★★★★
恩を仇で返したのは誰あろう創価学会・池田大作と『池田食い扶持構成員』である。
オウム真理教よりも劣る愚劣な狂団である。


そもそも、当宗が受けた「恩」とは何かね?
当宗信徒であれば、大聖人も文証でお引きあそばされているように

@涅槃経に云はく
 「内には弟子有って甚深の義を解り、外には清浄の檀越有って仏法久住せん」云云。

と御教示あそばされているとおりである。
また、『檀越』の意味は以下のとおり。


****************************************************
だんのつ〔ダンノツ〕【×檀▽越】
《(梵)damacrna-patiの音写。施主の意》寺や僧に布施をする信者。檀那。檀家。だんおち。

しん‐じゃ【信者】 別ウィンドウで表示
ある宗教に対し信仰をもつ者。また、その宗教集団の成員。信徒。

だんな【×檀×那/×旦×那】
《(梵)damacrnaの音写》ほどこし。布施。転じて、布施をする人。檀越(だんおつ)。檀家。
****************************************************


これら俗に「信者」と称される方々の外護(宗教・寺院などを特別に保護すること)は、
仏法外護の信徒立場から当然の『【 義 務 】』である。
その義務を以って当宗を含めた御法を御護りするのが信徒の立場である。

根本的なところの認識が、貴方を含め、創価学会員は間違っているのである。

大聖人は確かに僧俗より御供養として送られた品々に対して、
必ず返礼をされておられる。

しかし、それだからと言って当時の宗門(大聖人他弟子)に対して、
当時の僧俗が行っていた御供養とは、全て、仏祖三宝尊に対し奉るものであり、
直に三宝を御護り申し上げている大聖人や弟子方のためではない。

直接的な根本理由は全て『護法』の精神である。

故に、大聖人をはじめ、当時弟子方、また、
現在の内弟子たる御僧侶方は仏祖三宝尊に対し奉り、
『取り次ぎ・ご報告』を申し上げるが役割である。


また、その「御供養」という行為により、
創価学会員も日蓮正宗信徒であった頃には功徳を沢山に頂いてきたのではないのか?

それを「恩を仇で返す」とは面妖な。


当方は創価学会に入会したことは1度もない。
法華講である。

よって、
菩提寺や御本山に御供養申し上げるのは外弟子の信徒たる義務であると心得ている。
仏祖三宝尊、また、当然宗門に対して「恩を売った」とは微塵も思っていない。


所詮、創価学会に残った脳乱者方は、
信徒であった当時、いつまでも当宗信徒としての自覚が薄かったが故に、
御供養の意味すら知らず、患部(幹部)に「御供養しなきゃダメよ」などと、
進められて「【仕方なく】御供養していた」貴方方とは『御供養の【志】』が違うのである。


「【仕方なく】御供養していた」貴方方だからこそ、
世法的なくだらん感情で「恩を仇で返す」など喚けるのである。


恥を知れ、嗤っておく。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★(終了)★★★★★★★★★★★★★★★★★★


大体が「供養を貪る食法餓鬼の坊主」と揶揄したところで、
それまでイヤイヤながらも御供養してきた功徳を貪っておきながら、
御本仏・大聖人に違背して大謗法を重ねるはただのアホである。

そもそも、今生してきた業は全て自分持ちなのである。
他人がどうということではない。
他人を羨んだり妬んだり僻んだりしたところで、
己の成仏不成仏にはなんら関係がない。

仮に、創価学会が絶叫するような「御供養貪る」云々ということがあったにせよ、
それは全てその当人持ちであり、妙の照覧があるのであるから、
そんな者は放っておけば、いずれ、そのものがそのようになるのである。

「大聖人を信じきる」とオマエは泣き喚いていたが、
本当に「信じきる」というのは、
そういう御本仏の法の在り方をも「信じきる」のが『信心』である。

そんな仏法の基礎中の基礎も知らんから、他人の成り見て狂うのである。


いずれにしても、特に末法に於いては大聖人が


@然るに日蓮は何れの宗の元祖にもあらず、又末葉にもあらず。
 持戒破戒にも欠けて無戒の僧、有智無智にもはづれたる牛羊の如くなる者なり。

@正法一千年の次の日より像法一千年は破戒の者は多く無戒の者は少なし。
 像法一千年の次の日より末法一万年は破戒の者は少なく無戒の者は多なし。
 正法には破戒無戒を捨てゝ持戒の者を供養すべし。
 像法には無戒を捨てゝ破戒の者を供養すべし。
 末法には無戒の者を供養すること仏の如くすべし。


と御自身を『無戒の僧』と御宣言あそばされているように、末法無戒なのである。
まして、大聖人が小乗戒律を徹底的に破されているのは諸御抄に散見される。

ましてや、凡夫そのままありのままで成仏するが
大聖人が御教示あそばされる御法である。
それは出家在家共に同じである。


故に、末法の特に大聖人門下に至っては、
時代時代の社会通念に即して在家同様の生活を営むのは、
全く問題ないことなのである。

因みに、大聖人御在世の時は弟子に妻帯者までおられたのである。

『興師弟子分帳』
☆『岩本寺住の筑前房は日興の弟子なり』
☆『高橋筑前房の女子豊前房の妻は日興が弟子なり』

この「豊前公」は大聖人の興尊の弟子であり、大聖人もこの人物に対して『実相寺御書』にて

@『建治四年正月十六日 日 蓮 花押  駿河国実相寺豊前公御房御返事』

と認められてるとおり、大聖人門下であったのである。

後に退転はしてるが、妻帯者がいたけど、何か文句でもあるのかね?♪
大聖人が小乗戒律に重きを置いてなかったことは明白である。


あくまで、判断基準は、行為が『謗法』にあたるか否かである。

それを殊更取り上げて論う行為を大聖人は↓

@無智無戒なる沙門を失ありと云って是を悩すは
 此の人仏法の大燈明を滅せんと思え

と仰せである。


創価学会員は以前はどこの宗派に属していたのか!
こんなカンタンなことも知らんから小乗戒律を守る僧を聖僧だと思い込み、
稚拙で幼稚なアホ満開の発狂をするハメになるのである。




> 破門をしておいて、お寺にこないから、戸田会長の言ったことを破ったなどと思うのは脳の仕組みが正常ではないこの方たちに何を言っても無駄であり「お目出度い人」を相手にするだけ時間と労力の損だとわかりましたね。
> あほらし!


もうギブアップか。
他愛も無い。

破門されたのはオマエ創価学会員に根本原因があるのである。
それは既に前レスで反駁済みである。

ましてや、破門して当宗寺院にこないことと、
戸田氏の発言とは別問題である。

戸田氏はオマエと同じ創価学会員の会長職をしていた人間である。
その同じ創価学会の戸田氏の発言とは全く180度背いて破っているのが
現在の大謗法団体の信濃町駅裏サティアン池田創価学会である。

池田が師匠とする池田より上の人間のいうことをバッサリ背けることのほうが、
脳が異常を来たしている証拠である。

大体が、戸田氏がどうしてあのような指導をされたのか。
今現在の狂った創価学会員では到底理解なんざできるまい。


しかも、反論に窮すれば遁辞を吐いて遁走する!
それが創価学会員か。情けない!
 

敵前遁走した創価学会員hasemaru1766氏負け犬断末魔の発狂を嗤って斬首する2

 投稿者:gxohw_2  投稿日:2010年 4月23日(金)21時22分21秒 KD124210017041.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用 編集済
  > No.30[元記事へ]

> > その創価学会が敷いたとかいう布団は、日蓮正宗信徒団体として、
> > 宗門の指示を受けながらしたものである。

> ■宗教者の考えと到底おもえません。
> ご供養に感謝できないものは宗教をかたる資格なし!
> まだ、一般社会の方が数段常識が上です。


まだ御供養の意味が理解できないらしい(爆)
とても大聖人の御法を信仰していたとは思えない恥言である。

御供養に関しては、仏祖三宝尊に対し奉りするのであって、
御僧侶にするのではない。
御僧侶は御本仏様に取り次ぎと御報告を申し上げるだけである。

故に御僧侶方は僧俗から御供養を受け取る時に「有難う御座居ます」ではなく
『【お預かり致します】』と述べられるのである。

そんなことも知らんらしいな。
いかに、破門前に於いて当宗の信徒としての自覚がなかったか、
この発狂1つでも理解できる。


それを一般社会と出家社会を混同して難癖を付ける事自体が的外れなのである。


大体が、創価学会は信徒団体として宗門の指導を受けながら、
布団を敷いてきたが史実であるのに、
あたかも年端も行かぬ子供が己1人でデカくなったかのような、
常識ハズレを喚く事自体が、社会にも通用しない寝言である。




> > 当宗は大聖人の弟子、日興上人の門流である。
> ■目を疑いました。
> いけしゃしゃーと大ウソつくのですね。宗門は!

> 一、冨士の立儀聊かも先師の御弘通に違せざる事。
> 一、御鈔何れも僞書に擬し當門流を毀謗せん者之有るべし。若し加様の悪侶出來せば親近すべからざる事。
> 一、謗法を呵責せずして遊戯雜談の化儀竝びに外道歌道を好むべからざる事。
> 一、檀那の社参物詣を禁ずべし、何に況や其の器にして一見と稱して謗法を致せる惡鬼亂入の寺社に詣ずべけんや。返す返すも口惜しき次第なり。是全く己義に非らず經文御鈔等に任す云云。
> 一、未だ廣宣流布せざる間は身命を捨てゝ隋力弘通を致すべき事。
> 一、身輕法重の行者に於ては下劣の法師爲りと雖も、當如敬佛の道理に任せて信敬を致すべき事。
> 一、下劣の者爲りと雖も我より智勝れたる者をば仰いで師匠とすべき事。
> 一、時の貫首爲りと雖も佛法に相違して己義を構へば之を用ふべからざる事。
> 一、謗法と同座すべからず、與同罪を恐るべき事。
> 一、謗法の供養を請くべからざる事。
> 此の内一箇條に於ても犯す者は日興が末流に有るべからず、仍つて定むる所の條條件の如し。


トコトン嗤わせてくれるではないか。
これのどの箇条が当宗の宗門に該当するのかね? ん? 坊や!

具体的に確たる根拠を示して一箇条ずつ説明してみさない♪
返り討ちにしてズダボロにして進ぜよう(笑)



> ■前法主の断罪例
> 「シアトル」をめぐるデマ事件
> 日顕宗に400万円の賠償命令。東京高裁では日顕本人の責任も認定し、宗門と連帯で賠償命令。学会側の完全勝訴


はて?
創価学会側は『クロウ事件』を捏造するも、
肝心な証拠である当時作成したという調書も出せず、
逆にスプリンクルという元警官を証人として出廷させるも、
このスプリンクルが事件があったとする事件当日は、
空軍に在籍していたことが公文書で明らかになっており、
それを二審で宗門側から指摘されて覆すことができずに、
折角、一審で勝訴したものをわざわざ一審判決を無効となる和解条項に同意して
ムザムザ自ら一審の判決を無効にしたアホが創価学会である。

しかも↓


※第1 当裁判所は、次の理由により、控訴人らが本件各訴えを取り下げ、
 被控訴人らがいずれもこれに同意して、本件訴訟を終了させることを強く勧告する。

 本件訴訟の係属そのものが、控訴人ら及び被控訴人らにおいて、それぞれの教義をひろめ、
 儀式行事を行い、信者を教化育成して、その維持、発展を図っていく上で、相応しくなく、
 むしろその妨げとなるおそれがあること
 そして、控訴人ら及び被控訴人らのそれぞれの多数の信者等も、本件訴訟が、
 早期に、かつ、できる限り双方の宗教団体としての尊厳を損なわないで、
 終息することを希求していると推測されること
 本件訴訟の最大の争点は、控訴人ら代表役員のおよそ
 40年前のアメリカ合衆国ワシントン州シアトル市内における行為が何かという点にあるところ、
 その事実を確定するには、証拠上、時間的にも空間的にもまた言語上ないし制度的にも、
 通常の訴訟に比して、格段に多くの障害があり、これまでの双方の当事者、
 代理人の努力自体は多とするものの、これ以上事実の解明に努力することが
 上記1の趣旨に沿うとはいい難いこと

 第2 当事者双方は、当裁判所の和解勧告の趣旨を尊重し、次のとおり和解をする。

 控訴人らは本件各訴えを取り下げ、被控訴人らはいずれもこれに同意する。
 控訴人ら及び被控訴人らは、相互に、今後、上記第1、2記載の争点にかかる事実の摘示、
 意見ないし論評の表明をしない。
 控訴人ら及び被控訴人らは、控訴人らと被控訴人らとの間において、
 本件に関し、本件和解条項に定める以外に、他に何らの債権債務がないことを相互に確認する。
 訴訟費用及び和解費用は、第1、2審を通じ、各自弁とする。(以上)

 追記 和解条項第2、2は、相互に名誉毀損にあたる行為を
 しないことを確約する趣旨のものであり、
 同第1、2記載の争点にかかる事実の存在を単純に否認することはこれに抵触しない。


この条項を見れば、創価学会が事実として報道した事に関しては、
金輪際、今後一切の報道差し止めを盛り込まれている♪

オカシイ~~~ねえ~~~~
なんで事実を報道したはずの創価学会側が事実上の報道差し止めを盛り込まれた和解条項に
同意しなきならなかたのか。
しかも、当宗側は単純に否定することすら認められた和解条項に。

そもそも、創価学会が機関紙・創価新報において報道したことについて、
宗門側がイチャモンをつけられた格好なのに、
なぜ創価学会は和解条項に同意したんだね?
それも折角勝ち取った一審の判決をムザムザ、フイにしてまで。 ん~~? 坊や!

その同意こそが、公判に於いて偽証人をデッチ上げて仕立て上げ、
それがバレそうになったことに加え、
事件の具体的客観的確たる根拠である公文書も出せないということが、
創価学会が和解条項に同意した本当の理由である。


更に、当のアメリカの裁判では裁判官・陪審員全員一致で『門前払い』の棄却敗訴。


ましてや、当のクロウ本人は係争中で他界。
これが仏法上、大きな意味があることを狂った創価学会員は理解できないのである。
仏法に偶然はない。

少しは目を覚ませ。



更に「賠償金400万」というのは、
それこそ創価学会側が偽造写真を機関紙に掲載して捏造報道した裁判である。

その中で

平成12年12月5日、東京高等裁判所第十六民事部での判決文で鬼頭季郎裁判長は、
創価学会の報道について↓


●『客観的な報道ということはできず、修正の限度を越えている』

として、東京地方裁判所の判決を踏襲し、また創価新報の記事についても

●『正当な言論や評論の域を越え、単に阿部日顕を揶揄し、誹謗、中傷するものとして、
  【 違 法 性 を 有 す る 】ものというべきである』

と創価学会の報道に違法性があることを認定した♪

どこが完全勝訴なのか♪
実質惨敗してるではいなか。

当宗側が敗訴したのは、当人である御隠尊日顕上人が名を連ねていなかった、
この点を創価学会側突いたにすぎない、創価学会の事実上の完全敗北。

当宗は400万を支払ったが、
それ以上の成果、完全勝利を得ているのである。




> 一、謗法を呵責せずして遊戯雜談の化儀竝びに外道歌道を好むべからざる事。
> に違背認定により日興門流を語る意味なし!


はいはい残念♪
この箇条の冒頭にて『謗法を呵責せずして』とシッカリ仰せである。

これと類文として大聖人の


@受けがたき人身を得て、適出家せる者も、仏法を学し謗法の者を責めずして、
 徒に遊戯雑談のみして明かし暮らさん者は、法師の皮を著たる畜生なり。


と御教示あそばされているが、よ~~~く読め♪

『【仏法を学し謗法の者を責めずして】』
『遊戯雑談【 の み 】して明かし暮らさん者』

とこれまた明確に仰せである。

この大聖人の御金言がこの箇条の原型になってるのは一目瞭然!
全く宗門が興尊の遺誡の上記箇条に該当しないは明白♪


創価学会流の迷狂釈が本家本元の当宗に通用すると思うでないわ!(嘲笑)




> さっさと「日顕宗」に改名すべし!


サッサと『池田大作崇拝食い扶持構成員クラブ』と改名しろ!(爆)




> 賢い学会員はあなたのような話のできないものは相手にする必要はないでしょう。
> 脳の仕組みがちがうので!


そらそうだ♪
『池田大作崇拝食い扶持構成員クラブ』の会員君たちは、
別名『思考停止硬直化サイコパス洗脳創価脳池田食い扶持構成員』とも呼ばれて、
創価学会患部から創価ОSをインストールされてセットアップされると、
創価脳が創価脳にしか適用しない情報や知識しかインストールしなくなる(爆)

その思考が世間から嫌われる一因となってることも気付けずにな♪(嘲笑)


何も知らずそのまま一闡提人にされた
『思考停止硬直化サイコパス洗脳創価脳池田食い扶持構成員』は、
大聖人が仰せのとおり無間駄地獄必定である。


カワイソーに♪


これで創価学会員の『負け犬断末魔の発狂』を破折反駁し畢んぬ ♪
 

Re: 「回答日時:2010/4/18 15:07:40」の創価学会員hasemaru1766氏の回答を粉砕す5

 投稿者:hasemaru1766メール  投稿日:2010年 4月23日(金)18時36分34秒 cad43e-129.dynamic.tiki.ne.jp
返信・引用
  > No.5[元記事へ]

gxohw_2さんへのお返事です。


> 無知である。
> その牧口・戸田両名を折伏したは法華講三谷氏である。
> まして、それがどうかしたかね?
>
> 別に創価学会でなくとも、大聖人のこの御金言は絶対なのであるから、
> いずれ誰かが為し得るのである。
>
> ましてや広めるは、大聖人門下としては当然の義務である。
> それを殊更自慢する輩について戸田氏は
>
>
> ■わたくしのいうことを忘れずにいてほしいのは、
>  信心を基調にして、折伏すること、お寺を大事にすることと、
>  御本山へ尽くすことはあたりまえの事なんだからね。
>  それが自慢のようになっては、もう信者としては資格がない。
>  いいか、もう一度いうよ。折伏することと、お寺へ尽くすことと、御本山への御奉公は、
>  あたりまえのことなんですよ。
>  それをしたからって、なにもエライのじゃないんだよ。
>    (戸田城聖「講演集・上」384)



>
>
> と言っている。
> まさにこれが大聖人の信徒としての当然の思考である。
>
> が、貴方は、幼稚な自慢を必死にしている。
> アワレな。
>
>
>
> >子供が大人を馬鹿にする様を自分では分かってない愚かな小人だ、そのような法華講さんは。
> >現に創価学会が敷いた布団の上で、あぐらかいて我が物顔で功労者を罵倒する様を大聖人はさぞ嘆いているぞ!
>
>
> その創価学会が敷いたとかいう布団は、日蓮正宗信徒団体として、
> 宗門の指示を受けながらしたものである。
>
> その前に三大秘法総在の本門戒壇の大御本尊を
> 「ただのモノですッ!」と罵倒して見下げる池田氏こそ、
> 大聖人は呆れ遊ばされているのである。
>
> そもそも、創価学会など、当宗かられずは、
> 牛の角に集る有象無象の『ハエ』である。
>
> ましてや、「功労者を罵倒」?
>
> 当宗の信仰を真面目にしていれば確かに池田氏は「功労者」であったかもしれいなが、
> 当宗は大聖人の弟子、日興上人の門流である。
>
> 当時、身延山と草庵を大聖人に対して御供養した波木井実長日円は『功労者』である。
>
> が、日興上人は、その波木井日円を破折し破門したのである。
> 要するに、いくら功績があろうが、謗法行為をした者を破折するは、
> 大聖人門下にして日興門流の我々当宗僧俗の極々当たり前のことである。
>
>
>
>
> >お目出たい人だ!
>
>
> オメデタイのは貴方方創価学会員方である。
>
>
> ご愁傷様。

●へぼい破折への鉄鎚===============================

■戸田会長の言葉通りにいささかも外れずに外護してきました。そのことを否定される筋合いは学会にはありません。
誉れのある外護にまだ文句あるのは供養を貪る食法餓鬼の坊主の欲望のみでしょう。
破門をしておいて、お寺にこないから、戸田会長の言ったことを破ったなどと思うのは脳の仕組みが正常ではないこの方たちに何を言っても無駄であり「お目出度い人」を相手にするだけ時間と労力の損だとわかりましたね。

あほらし!


> その創価学会が敷いたとかいう布団は、日蓮正宗信徒団体として、
> 宗門の指示を受けながらしたものである。

■宗教者の考えと到底おもえません。
ご供養に感謝できないものは宗教をかたる資格なし!
まだ、一般社会の方が数段常識が上です。


> 当宗は大聖人の弟子、日興上人の門流である。
■目を疑いました。
いけしゃしゃーと大ウソつくのですね。宗門は!

一、冨士の立儀聊かも先師の御弘通に違せざる事。
一、御鈔何れも僞書に擬し當門流を毀謗せん者之有るべし。若し加様の悪侶出來せば親近すべからざる事。
一、謗法を呵責せずして遊戯雜談の化儀竝びに外道歌道を好むべからざる事。
一、檀那の社参物詣を禁ずべし、何に況や其の器にして一見と稱して謗法を致せる惡鬼亂入の寺社に詣ずべけんや。返す返すも口惜しき次第なり。是全く己義に非らず經文御鈔等に任す云云。
一、未だ廣宣流布せざる間は身命を捨てゝ隋力弘通を致すべき事。
一、身輕法重の行者に於ては下劣の法師爲りと雖も、當如敬佛の道理に任せて信敬を致すべき事。
一、下劣の者爲りと雖も我より智勝れたる者をば仰いで師匠とすべき事。
一、時の貫首爲りと雖も佛法に相違して己義を構へば之を用ふべからざる事。
一、謗法と同座すべからず、與同罪を恐るべき事。
一、謗法の供養を請くべからざる事。
此の内一箇條に於ても犯す者は日興が末流に有るべからず、仍つて定むる所の條條件の如し。

■前法主の断罪例
「シアトル」をめぐるデマ事件
日顕宗に400万円の賠償命令。東京高裁では日顕本人の責任も認定し、宗門と連帯で賠償命令。学会側の完全勝訴

一、謗法を呵責せずして遊戯雜談の化儀竝びに外道歌道を好むべからざる事。

に違背認定により日興門流を語る意味なし!

さっさと「日顕宗」に改名すべし!


賢い学会員はあなたのような話のできないものは相手にする必要はないでしょう。
脳の仕組みがちがうので!


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創価学会員hasemaru1766氏の『「4月23日(金)04時23分10秒の分」テッチュイ(笑)』を嗤って斬り刻む

 投稿者:gxohw_2  投稿日:2010年 4月23日(金)15時50分35秒 KD124210017041.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  > No.10[元記事へ]

> 笑わせるな!
> 法華講には法難などありません。むしろ、お越し、仕掛けている側です。


おやおや。
起こして仕掛けている側が何をか況やである。
創価学会の機関紙や創価学会謀略機関の「フェイク」「地涌」等の怪文書等で、
幼稚な難癖を付けてくるのに対応して破折・反駁をしてるのは当宗や法華講である。

トコトン嗤わせてくれるわ、この御仁。




> なんと、破門以降法難だ!それこそ『自業自得』はC作戦の実行がもとではないかな!


出たな(笑)
創価学会得意の【捏造】『C作戦』に踊らされた幼稚な愚見。
さすが『 洗 脳 創 価 脳 』である。

そもそもこちらから言わせれば、学会にこそ『C作戦』があった事は、
『北条・八尋報告文書』に明白である。

証拠画像
(昭和49年4月12日付・八尋直筆文書)↓

http://sudati.iinaa.net/52rosen/52rosen1a.gif
http://sudati.iinaa.net/52rosen/52rosen1b.gif
http://sudati.iinaa.net/52rosen/52rosen1c.gif
http://sudati.iinaa.net/52rosen/52rosen1d.gif

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
本山の問題については、ほぼ全容をつかみましたが、今後どのように処理して行くかについて2とおり考えられます。1つは、本山とはいずれ関係を清算せざるを得ないから学会に火の粉がふりかからない範囲で、つまり、向こう3年間の安全確保をはかり、その間、学会との関係ではいつでも清算できるようにしておくという方法であり、いま一つは、長期にわたる本山管理の仕掛けを今やっておいて背後を固めるという方法です。本山管理に介入することは火中の栗をひろう結果になりかねない危険が多分にあります。しかし私の考えでは、本山、正宗は、党や大学、あるいは民音以上に、学会にとっては存在価値のある外郭と思われ、これを安定的に引きつけておくことは、広布戦略の上で欠かせない要素ではないかと思われます。こうした観点から、後者の路線ですすむしかないように思われます。そのための布石としては
<1>本山事務機構(法人事務、経理事務)の実質的支配
<2>財政面の支配(学会依存度を高める)
<3>渉外面の支配
<4>信者に対する統率権の支配(宗制・宗規における法華講総講頭の権限の確立、海外布教権の確立等)
<5>墓地、典礼の執行権の移譲
<6>総代による末寺支配
が必要です。これらのことは機会をとらえながら、さりげなく行うことが必要であり今回のことは<1>、<2>、<3>を確立し 更に<4>まで確立できるチャンスではあります。いずれにせよ、先生の高度の判断によって決せられるべきと思いますのでご裁断をあおぐ次第です。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


証拠画像
(昭和49年6月18日付・北条直筆文書)↓

http://sudati.studio-web.net/pictures/52rosen740618.gif

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・9日の本山お目通りの際、猊下の話は大へんひどいものでした。之が猊下かと疑うほど、また信心そのものを疑いたくなるほどひどいものでした。反論はその都度しましたが、話のすじはわかっても感情的におもいこんでいるというところがあり、広布の上に重大障害となりまた宗門僧侶等の問題の一切の根源がここから出ていると感じました。

・(池田)先生が前々から見抜いておられた本質がさらけ出されたように思いますが、あまりにひどいので、かえすがえす残念です。 広宣流布など全く考えていない。自分達の私財がふえることと、信徒を見下してえばって暮せれば満足、という風にしか考えられません。 学会が生きぬいてゆく為には、相手に信心がないなら、うまく使ってゆくか、徹底的に戦って、学会の旗を守って死んでゆくか、いづれにせよ、先生の最大のご苦心にふれる思いで決意を固めました。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


これを裏付ける証拠がこれである↓


■いわれているところの文書は、
 49年5月10日付及び同年6月18日付のことだと思われますが、これは北條副会長が、
 当時の日達上人猊下にお目通りした折りの記録並びにこれに関連した感想等を記したものです。
                       (『聖教新聞』昭和54年12月1日)


創価学会はこの北条文書の存在を認めているのであり、
創価学会自体が学会中枢で宗門に対する『C作戦』があったことをも認めているのである。


そして北条がこの報告書をあげる元となった、日達上人との御目通りの内容に関しては以下。


『連絡協議会(昭和49年4月30日)』

/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
1.日蓮正宗国際センター
2.日蓮正宗インターナショナル
3.ミニスターの件
4.海外寺院の件
5.本山土地の問題
6.正本堂記念資料館、休憩所
7.天母(あんも)山郷土資料館
8.総坊売店拡張計画
9.洗衣(かんね)堂の使用
10.正本堂久遠の灯
11.正本堂手荷物預り所
12.正本堂電気設備関係保守契約
13.妙蓮寺記念碑の件

1.(財)日蓮正宗国際センター
 7月に発足したい。
 役員人事、別紙の通り。
 世界布教に関する事項は、この国際センター会長である池田会長に依存する書面を頂きたい。
(別紙)財団法人国際センター
 会長 池田先生   名誉総裁 日達猊下
 理事長 森田一哉  参与 早瀬日慈
 専務理事 原田稔  々  藤本栄道
 常務理事 細谷昭  々  北條浩
 理事 桐村泰二   々  和泉覚
 監事 竹内重郎   々  原島嵩
    八矢英世   々  持永利之
    羽吹栞
    森田修平
    八尋頼雄
 監事 小野康
    森謙
2、日蓮正宗インターナショナル
 第1回国際会議、来年1月グワム島で開く。事務局をロサンゼルス(エチワンダ)におく。
3.ミニスターの件
 原案(書状)提出
 日蓮正宗国際センター会長 来年発表してからは、日蓮正宗インターナショナル会長より授与
4、海外寺院の件
 サンフランシスコ(西岸山 妙信寺)
 シカゴ (大米山 妙行寺)
 いずれもコミュニティセンターの一部を以て充当する。
/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/



これに対して日達上人は、



●先月の中頃でしたか、北條副会長ならびに山崎弁護士が来られました時に、私は申し上げました。
 その時、国際センターを造ると、日蓮正宗国際センターを造るに当たって、
 創価学会と日蓮正宗との真ん中に、もう1つ上に日蓮正宗国際センターというものを造る、
 という趣旨で来られました。私ははっきり断りました。
 日蓮正宗は日蓮正宗として1つの宗教法人である。
 大聖人様の遺命によって広宣流布を全うしなければならない、ただ1つの宗旨である。
 それを、その上に1つ、日蓮正宗国際センターというものができるとなれば、
 正宗としては、その上に1つ、また被宗教法人ができる(ということになる)。
 我々は被宗教法人の下についていくんだから意味が無くなってしまう。
 日蓮正宗としての意味が、また御戒壇の大御本尊をお守りしているというのも、
 今度はできなくなってしまう。
 その上の宗教法人においてどうとかこうとか言われたらば、
 こっちもその下につくんだから何ともする事ができなくなる。
 その意味の上からはっきりと断りました。
 どこまでも日蓮正宗は、たとえ小さくてもよろしいから、大聖人の教義を守っていきます。
 また、今、皆様方のお陰で大きくなっておるけれども、(たとえ)もっともっと小さくなっても、
 どなたか、また、大きく手伝いをしてくれる人が(いつか)あるかもしれない。
 だから、私はどこまでも大聖人の仏法を守る、と言って、
 はっきり日蓮正宗の上につく日蓮正宗国際センターというものを、私は、否定といいますか、
 お断りしたわけでございます。
 それから端を発して、そのあと、
 最近の1年か2年かにわたるところの学会のいろいろな教義の違い、
 謗法のあり方ということを申し上げました。
 で、ついにそのために2人は帰っていきました
                    (日達上人 昭和49年7月27日御発言)


と仰せられている。
この一連に関して、創価学会にこそ『C作戦』というものがあったのであり、
且つ、それが平成の第二次創価学会問題が表面化するまで、
創価学会中枢で燻り続けていたのは明白である。


どこまで創価学会上層部の洗脳を鵜呑みにしてることやら(爆)
反論反証があるならしてもらおうか? 洗脳創価脳池田食い扶持構成員君(笑)

そして当然、宗門に『C作戦』があったと断言して持ち出した貴方には、
この『C作戦』が宗門にあった、ということを、
具体的客観的な根拠である『【確たる当時証拠文献】』を提示して証明してもらおうか。

※当然、出所不明なものは適用除外である。
 

創価学会員hasemaru1766氏の『「4月23日(金)04時23分10秒の分」テッチュイ(笑)』を嗤って斬り刻む1

 投稿者:gxohw_2  投稿日:2010年 4月23日(金)15時49分38秒 KD124210017041.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  > No.10[元記事へ]

> 自分たちで仕掛けておいて相手のせいにするとはさすがは法華講・宗門ですね。(爆)


その言葉、そのまま、そっくり貴方に突き返して次第である。

『自分たちで仕掛けておいて相手のせいにするとはさすがは創価学会洗脳創価脳ですね。(爆)』

と(爆)




> 広宣流布の団体を破壊しようと画策する悪行に悪行と思わず、謀略に酔いしれて何が折伏かな!


どこが『広宣流布』の団体なのか。
逆に大聖人以来法統を護り続けて伝持・弘宣してきた当宗を
破壊しようと画策した悪行を悪行とは思わず、謀略に酔いしれてる狂団が何をか況やである。

それと序でであるが、創価学会員が好んで閲覧する謀略機関のサイト「フェイク」や「越洋」等は、
元は現在もある謀略機関のサイト「地涌」というのが、それらの元であるが、
この「地涌」という謀略機関は、当時、現在ほどネットが普及していなかった平成初期から、
それこそ非常識にも早朝であろうが、昼間であろうが、深夜であろうが、
当宗の全国の寺院に対して「地涌」という、あることないことを記述したFAXを、
四六時中送りつけていた謀略機関である。

ウソだと思うなら、最寄の当宗寺院、もしくは、他の当宗寺院に行って、
どこの寺院でも証拠として保管してある筈であるからそのFAXを見せてもらうことだ。
確認する時は、必ず送信年月日を確認すること。


こんなことをする非常識謀略狂団が何が折伏かね?(嘲笑)
貴方方がやっているのは、大聖人とは無縁の新興宗教の単なる『【 勧 誘 】』である。




> 広宣流布の団体を使うだけ使ってあとはポイして、法難てのはバカも休み休みいいな!


「【元】広宣流布の団体」であっても、今では大聖人とは無縁の
謀略狂団大謗法団体に成り下がったのである。
当宗は「功績」のあった波木井実長日円を善導教導し、
改まらなかった故に破門に処した日興門流である。

当然、宗門はそんな謀略狂団大謗法団体は先ずは善導教導してきたが、
それでも改まらず、逆に連日に渡り機関紙を使って会員を洗脳し続け、
教団全体が異流儀と化したのであるから、破門にするは日興門流として、
大聖人の御法を御護り申し上げる意味で当然である。

また宗門としては、キチンと創価学会員に個人対しては、
名簿に載っていた創価学会員に対しては、
平成9年に於いて当宗の信徒として信仰を続けるのか否かを問うた葉書も送り、
個々の創価学会員に対しては考える余地まで与えていたのである。

全く以って宗門は常識的である。


創価学会こそ『現代の一凶』であり、
創価学会中枢は確信犯として、また、末端の会員は中枢にまんまとダマされて
被害者意識全開で当宗僧俗に対して誹謗中傷しているのである。

これが法難でなくてなんなのかね?
アホも休み休み言え、と嗤っておく。




> だから、法華講さんは目出たい人というのです。
> 気はたしかですか!


洗脳創価脳は本当にメデタイではないか(笑)
洗脳されてダマされてるとも知らず、
創価学会の中枢患部にダマされて踊らされているのであるから(爆)

この言葉、そのままそっくり貴方に付き返してやろう。

「気はたしかですか!」(嘲笑)




> ■御本尊の解釈も、独占的持論に終始が宗門の権威化!
> 日蓮大聖人の本義は厳格なところは謗法ですが、権威、権力には是々非々な精神なのが理解できないところです。
> これには真っ向から対比しているが現宗門でしょう。


アホ満開である↑
御本尊の体である能生の法体『一大事の秘法』を
大聖人以来現代に至るまで付属相承してきているのである。

当然、権威はこの『一大事の秘法』に存しているのであり、
これを所持されている時の御法主上人に御本尊に関する全ての権能があるのである。

これが理解できないのが大謗法狂団創価学会である。

そもそも、このレスでも教えているが↓


http://9331.teacup.com/karioki/bbs/2
★★★★★★★★★★★★★★★★★★(再掲)★★★★★★★★★★★★★★★★★★
大聖人についてそれを言うのであれば、大聖人の場合は、
法華経を文・義・意に於いて身読あそばされ、
上行菩薩としての垂迹・外用を払われて、本地内証を顕現あそばされた上で


@已上五箇の鳳詔にをどろきて勧持品の弘経あり、
 明鏡の経文を出して当世の禅律念仏者並びに諸檀那の謗法をしらしめん、
 日蓮といゐし者は去年九月十二日子丑の時に頚はねられぬ、
 此れは魂魄佐土の国にいたりて返年の二月雪中にしるして有縁の弟子へ
 をくればをそろしくてをそろしからずみん人いかにをぢぬらむ、
 此れは釈迦多宝十方の諸仏の未来日本国当世をうつし給う明鏡なりかたみともみるべし。


と仰せのように、佐渡配流になる前に大聖人は発迹顕本あそばされ、
人本尊と御成り遊ばされた上で、


@日蓮をこそにくむとも内証にはいかが及ばん、
 さればかかる日蓮を此の嶋まで遠流しける罪無量劫にもきへぬべしとも覚へず


と佐渡に渡られ、仰せのように、大聖人がここで仰せになる「いかが及ばん」の
大聖人御自身の『内証』は、


@教主釈尊の一大事の秘法を霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり。
 されば日蓮が胸の間は諸仏入定の処なり。
 舌の上は転法輪の所喉は誕生の処口中は正覚の砌なるべし。
 かかる不思議なる法華経の行者の住処なればいかでか霊山浄土に劣るべき。
 法妙なるが故に人貴し人貴きが故に所尊しと申すは是なり。


且つ、


@問うて云く末法に於て流布の法の名目如何、
 答えて云く日蓮の己心相承の秘法此の答に顕すべきなり所謂南無妙法蓮華経是なり、
 問うて云く証文如何、
 答えて云く神力品に云く
      「爾の時仏上行等の菩薩に告げたまわく要を以て之を言わば乃至宣示顕説す」云云、
      天台大師云く「爾時仏告上行の下は第三結要付属なり」
         又云く「経中の要説要は四事に在り総じて一経を結するに唯四ならくのみ
             其の枢柄を撮つて之を授与す」
 問うて云く今の文は上行菩薩等に授与するの文なり汝何んが故ぞ己心相承の秘法と云うや、
 答えて云く上行菩薩の弘通し給うべき秘法を日蓮先き立つて之を弘む身に当るの意に非ずや
      上行菩薩の代官の一分なり


と仰せの、上行菩薩の時に結要付属されし『一大事の秘法』であり、且つ、『己心相承の秘法』
所謂、能生の法体『事の一念三千の当体の南無妙法蓮華経』の内証であり、
且つ、


@されば首題の五字は中央にかかり四大天王は宝塔の四方に坐し
 釈迦多宝本化の四菩薩肩を並べ普賢文殊等舎利弗目連等坐を屈し
 日天月天第六天の魔王竜王阿修羅其の外不動愛染は南北の二方に陣を取り
 悪逆の達多愚癡の竜女一座をはり
 三千世界の人の寿命を奪ふ悪鬼たる鬼子母神十羅刹女等加之
 日本国の守護神たる天照太神八幡大菩薩天神七代地神五代の神神
 総じて大小の神祇等体の神つらなる其の余の用の神豈もるべきや、
 宝塔品に云く「諸の大衆を接して皆虚空に在り」云云、
 此等の仏菩薩大聖等総じて序品列坐の二界八番の雑衆等一人ももれず、
 此の御本尊の中に住し給い妙法五字の光明にてらされて本有の尊形となる是を本尊とは申すなり。

という、十界全ての界に於いて、各界に存する十界が、
各界に於いて全て仏界に到達している状態の御境涯の内証なのである。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★(終了)★★★★★★★★★★★★★★★★★★


上記のように教えてやっているが、
ハナからこの能生の法体『【一大事の秘法・事の一念三千】の当体』は、
久遠元初の過去遠々劫より以来、如来が『【独占してきた】』が事実である。

大聖人は

@法華経の功徳と申すは唯仏与仏の境界十方分身の智慧も及ぶか及ばざるかの内証なり

@寿量品の自我偈に云く「一心に仏を見たてまつらんと欲して自ら身命を惜しまず」云云、
 日蓮が己心の仏界を此の文に依つて顕はすなり、
 其の故は寿量品の事の一念三千の三大秘法を成就せる事此の経文なり秘す可し秘す可し

と仰せであり、且つ、

@次に寿量品と申すは本門の肝心なり。
 又此の品は一部の肝心一代聖教の肝心のみならず三世の諸仏の説法の儀式の大要なり。
 教主釈尊寿量品の一念三千の法門を証得し給う事は三世の諸仏と内証等しきが故なり。
 但し此の法門は釈尊一仏の己証のみに非ず諸仏も亦然なり。
 我等衆生の無始已来六道生死の浪に沈没せしが今教主釈尊の所説の法華経に値い奉る事は
 乃往過去に此の寿量品の久遠実成の一念三千を聴聞せし故なり、有り難き法門なり。

と仰せられるが故に、

@如来と云うは天台の釈に「如来とは十方三世の諸仏二仏三仏本仏迹仏の通号なり」と判じ給へり。

と仰せられ、また、

@如来とは十方三世の諸仏二仏三仏本仏迹仏の通号なり別しては本地三仏の別号なり。
 寿量とは詮量なり、十方三世二仏三仏の諸仏の功徳を詮量す故に寿量品と云うと。
 御義口伝に云く此の品の題目は日蓮が身に当る大事なり神力品の付属是なり。
 如来とは釈尊惣じては十方三世の諸仏なり別しては本地無作の三身なり。

と仰せられるとおりである。

そして、日興上人は大聖人より『本尊の体』
所謂、能生の法体『【一大事の秘法・事の一念三千】の当体』を所持されてた権能が存する故に、

@日興が云はく此の御筆の御本尊は是一閻浮提に未だ流布せず、正像末に未だ弘通せざる本尊なり。
 然れば則ち日興門徒の所持の輩に於ては、左右無く子孫等にも譲り弟子等にも付嘱すべからず。
 同一所に安置し奉り、六人一同に守護し奉るべし。
 是偏に広宣流布の時、本化国王御尋ね有らん期まで深く敬重し奉るべし。
 一、日興弟子分の本尊に於ては一々皆書き付け奉る事、
 誠に凡筆を以て直に聖筆を黷す事最も其の恐れ有りと雖も、
 或は親には強盛の信心を以て之を賜ふと雖も子孫等之を捨て、
 或は師には常随給仕の功に酬いて之を授与すと雖も弟子等之を捨つ。
 之に依って或は以て交易し、或は以て他の為に盗まる。此くの如きの類其の数多きなり。
 故に賜はる所の本主の交名を書き付くるは後代の高名の為なり。

と弟子一門に指示を仰せになるのである。


貴方はまさに『習い損ね』の見本である。
 

創価学会員hasemaru1766氏の『「4月23日(金)04時23分10秒の分」テッチュイ(笑)』を嗤って斬り刻む2

 投稿者:gxohw_2  投稿日:2010年 4月23日(金)15時48分29秒 KD124210017041.ppp-bb.dion.ne.jp
返信・引用
  > No.10[元記事へ]

> 「此の御本尊全く余所に求る事なかれ・只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり、是を九識心王真如の都とは申すなり
> 「此の五大は題目の五字なり、然れば阿仏房さながら宝塔・宝塔さながら阿仏房・此れより外の才覚無益なり・・・・・・・我が身を供養し給う我が身又三身即一の本覚の如来なり」
> ■全く余所に求る事なかれ御本尊は胸中の肉団にあり信心によって現われる、そして宝塔は自身であり三身即一の本覚の如来なりとある。曼荼羅の御本尊も大事なものですが、本意は信心に、とあるのを宗門・法華講の方は、別のところに御本尊を求めようとしているのです。


本当に創価学会の教科書通りの主張である。
破折し易くて涙がでるわ(笑)

ではいくか。


■■■■■■【 上記愚見迷狂釈に対する 破 折 】■■■■■■

まず最初の『日女御前御返事』の
「此の御本尊全く余所に求る事なかれ」
の「御本尊」とは『文字曼荼羅御本尊』のことである。

次に
「只我れ等衆生の法華経を持ちて南無妙法蓮華経と唱うる胸中の肉団におはしますなり」
の「法華経」とは『能生の法体【事の一念三千・一大事の秘法】』から流れる『血脈』のことである。
故に「法華経を持ちて」とは、
「『能生の法体【事の一念三千・一大事の秘法】』から流れる『血脈』を持(たも)つ」
ということである。

そして、この『能生の法体【事の一念三千・一大事の秘法】』から流れる『血脈』を受持した上で、
一大秘法を開いた中の「本門の題目」でもって唱えていく中で、
境智冥号して開いた時に限り、仏界に、御本尊に内在する法体の仏力・法力が具わる様を大聖人は
『胸中の肉団におわします』と表現されているのである。

また、「是を九識心王真如の都とは申すなり」とは、
能生の法体『事の一念三千・一大事の秘法』から法脈によって仏力・法力が具わって
所生として仏界を開いた状態を指してそのように表現されているだけのことである。


次に
「十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり、之に依つて曼陀羅とは申すなり、
 曼陀羅と云うは天竺の名なり此には輪円具足とも功徳聚とも名くるなり、」
てのは、これは文字曼荼羅御本尊のことである。
この「十界具足とは十界一界もかけず一界にあるなり」とは、能生の法体も事の一念三千の当体として、
十界具足であり、この事の一念三千の当体たる法体を具現化して顕したのが、御本尊の相貌の姿である。

そしてこの御本尊の相貌の意義は、大聖人が

@是全く日蓮が自作にあらず多宝塔中の大牟尼世尊分身の諸仏すりかたぎたる本尊なり、
 されば首題の五字は中央にかかり四大天王は宝塔の四方に坐し釈迦多宝本化の四菩薩肩を並べ
 普賢文殊等舎利弗目連等坐を屈し日天月天第六天の魔王竜王阿修羅其の外
 不動愛染は南北の二方に陣を取り
 悪逆の達多愚癡の竜女一座をはり三千世界の人の寿命を奪ふ悪鬼たる鬼子母神十羅刹女等加之
 日本国の守護神たる天照太神八幡大菩薩天神七代地神五代の神神
 総じて大小の神祇等体の神つらなる其の余の用の神豈もるべきや。
 宝塔品に云く
 「諸の大衆を接して皆虚空に在り」云云、
 此等の仏菩薩大聖等総じて序品列坐の二界八番の雑衆等一人ももれず、
 此の御本尊の中に住し給い妙法五字の光明にてらされて本有の尊形となる是を本尊とは申すなり

と仰せられているとおり、事の一念三千の当体の十界各界は、地獄界から仏界まで、
全て界に於いて各界に存する十界が仏界に到達していることを顕している状態を指して、大聖人は

『妙法五字の光明にてらされて本有の尊形』

三世に本有常住している法体の尊形と仰せられているのである。

貴方自体が御本尊というのであれば、君にはこの信仰も最早必要ない(爆)


全く以って、能所の混同も甚だしい邪義迷狂釈である。



次の『阿仏房御書』について、先ず当該箇所を挙げる。


@末法に入って法華経を持つ男女のすがたより外には宝塔なきなり。
 若し然れば貴賤上下をえらばず、南無妙法蓮華経ととなふるものは、
 我が身宝塔にして、我が身又多宝如来なり。妙法蓮華経より外に宝塔なきなり。
 法華経の題目宝塔なり、宝塔又南無妙法蓮華経なり。
 今阿仏上人の一身は地水火風空の五大なり。此の五大は題目の五字なり。
 然れば阿仏房さながら宝塔、宝塔さながら阿仏房、此より外の才覚無益なり。
 聞・信・戒・定・進・捨・慚の七宝を以てかざりたる宝塔なり。
 多宝如来の宝塔を供養し給ふかとおもへば、さにては候はず、我が身を供養し給ふ。
 我が身又三身即一の本覚の如来なり。かく信じ給ひて南無妙法蓮華経と唱へ給へ。


まずここに挙げた冒頭、1行目の
『末法に入って法華経を持つ男女のすがたより外には宝塔なきなり。』で、
明確に「法華経を持つ男女」と仰せである。

つまり、所生の我々凡夫の当体自体が、元から宝塔ではなく、
「法華経を持つ男女」の法華経、所謂、正境の妙法曼荼羅御本尊に具わる
能生の法体『【一大事の秘法・事の一念三千】の当体』から法脈(血脈)を通じて流れてくる、
仏力・法力を受信する仏種を持(たも)つ事を大聖人は『法華経を持つ』と仰せなのであり、
所生の信力・行力によって境智冥合することによって、
能生の法体から流れてくる仏力・法力を以って、冥伏している所生の仏界を開いた姿を、
『宝塔』と御教示あそばされているのであって、
所生の我々凡夫衆生にとっては、あくまでも『法華経を持(たも)つ』という
『【条件付き】』であることを仰せなのである。


次に2行目3行目の
『若し然れば貴賤上下をえらばず、南無妙法蓮華経ととなふるものは、
 我が身宝塔にして、我が身又多宝如来なり。妙法蓮華経より外に宝塔なきなり。』もまた、
1行目の趣旨を仰せなのであり、1行目で『法華経を持つ男女』と表現されたものを
この2行目でどうすれば宝塔となるかについて『南無妙法蓮華経ととなふるもの』と仰せである。

そしてここでの肝心なのは、3行目の『妙法蓮華経より外に宝塔なきなり』である。
この『妙法蓮華経より外に宝塔なきなり』の「妙法蓮華経」とは、
2行目の対境の能生の法体『【一大事の秘法・事の一念三千】の当体の南無妙法蓮華経』とは、
意味が異なるのである。

ここで仰せの「妙法蓮華経」とは、
宇宙法界森羅万象に遍満する一念三千の法理で存在する
能所共に具わる本質的共通である当体をいい、
能所共に一念三千を有しているが故に、一念三千本有十界をベースとして、
能生の法体に境智冥合し所生として仏界を開いて成仏得道を成就することが叶うのである。

これを創価学会員は
2行目の『南無妙法蓮華経』と3行目の「妙法蓮華経」が同じ意味だと即断曲解迷釈する(笑)
これがそもそもの底浅いの創価学会員の狂釈の限界である。(爆)


次に4行目の
『法華経の題目宝塔なり、宝塔又南無妙法蓮華経なり。』とは、
能生の法体『【一大事の秘法・事の一念三千】の当体の南無妙法蓮華経』に限定して仰せであり、
対境の能生の法体が無始無終の法体故に『【元々】宝塔』であることを仰せなのである。


次に5行目の
『今阿仏上人の一身は地水火風空の五大なり。此の五大は題目の五字なり。』とは、
3行目の「妙法蓮華経」を説明したとおり、能生にも所生の阿仏房や我々にも元々本有している、
所生としての一念三千の当体を仰せなのであって、
2行目の『南無妙法蓮華経』と4行目の『宝塔』の能生の当体とは意味が異なるのである。


次に6行目7行目の
『然れば阿仏房さながら宝塔、宝塔さながら阿仏房、此より外の才覚無益なり。
 聞・信・戒・定・進・捨・慚の七宝を以てかざりたる宝塔なり。』とは、
1行目~5行目までの御教示を総合的に拝すれば、
1行目の『法華経を持(たも)つ』と
2行目の『南無妙法蓮華経ととなふるもの』という『境地冥合という【条件付き】』の、
宝塔である、と御教示なのはバカでもアホでもチョンでもカンタンに理解するところである。


次に8行目9行目の
『多宝如来の宝塔を供養し給ふかとおもへば、さにては候はず、我が身を供養し給ふ。
 我が身又三身即一の本覚の如来なり。かく信じ給ひて南無妙法蓮華経と唱へ給へ。』とは、
元々本来、一念三千の法理には、能生の法体によって成仏するという性質を本有しているのである。
これを理解し信じ、所生として、境智冥合を得て仏界仏性を開くことを目指して題目を唱えなさい、
と、御教示あそばされているのである。


よって、貴方が幼稚で稚拙な迷狂釈を発狂するところの↓


■「全く余所に求る事なかれ御本尊は胸中の肉団にあり信心によって現われる、
  そして宝塔は自身であり三身即一の本覚の如来なりとある。
  曼荼羅の御本尊も大事なものですが、本意は信心に、とあるのを
  宗門・法華講の方は、別のところに御本尊を求めようとしているのです。」


という身延と同じ『己心本尊論・凡夫本尊論』の邪義は、
大聖人とは無縁の曲解邪義迷狂釈である。
 

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